2014年11月24日月曜日

2014.11/23 神と隣人に感謝しよう

 ルツはこうして日が暮れるまで畑で落ち穂を拾い集めた。集めた穂を打って取れた大麦は一エファほどにもなった。それを背負って町に帰ると、しゅうとめは嫁が拾い集めてきたものに目をみはった。ルツは飽き足りて残した食べ物も差し出した。
 しゅうとめがルツに、「今日は一体どこで落ち穂を拾い集めたのですか。どこで働いてきたのですか。あなたに目をかけてくださった方に祝福がありますように」と言うと、ルツは、誰のところで働いたかをしゅうとめに報告して言った。
 「今日働かせてくださった方は名をボアズと言っておられました。」
 ナオミは嫁に言った。「どうか、生きている人にも死んだ人にも慈しみを惜しまれない主が、その人を祝福してくださるように。」ナオミは更に続けた。「その人はわたしたちと縁続きの人です。わたしたちの家を絶やさないようにする責任のある人の一人です。」
 モアブの女ルツは言った。「その方はわたしに、『うちの刈り入れが全部済むまで、うちの若者から決して離れないでいなさい』と言ってくださいました。」
 ナオミは嫁ルツに答えた。「わたしの娘よ、すばらしいことです。あそこで働く女たちと一緒に畑に行けるとは。よその畑で、だれかからひどい目に遭わされることもないし。」
 ルツはこうして、大麦と小麦の刈り入れが終わるまで、ボアズのところで働く女たちから離れることなく落ち穂を拾った。
(旧約聖書 ルツ記2章17-23節)

 すべての人に恐れが生じた。使徒たちによって多くの不思議な業としるしが行われていたのである。信者たちは皆一つになって、すべての物を共有にし、財産や持ち物を売り、おのおのの必要に応じて、皆がそれを分け合った。
 そして、毎日ひたすら心を一つにして神殿に参り、家ごとに集まってパンを裂き、喜びと真心をもって一緒に食事をし、神を賛美していたので、民衆全体から好意を寄せられた。こうして、主は救われる人々を日々仲間に加え一つにされたのである。
(新約聖書 使徒言行録2章43-47節)


 「どうか、生きている人にも死んだ人にも慈しみを惜しまれない主が、その人を祝福してくださるように」
一条の光が魂に差し込んだとき、とっさに発した感謝のことば。

作家の曾野綾子氏は日本人の甘さを「私のような高齢者までが『安心して暮らせるようにして欲しい』と言う始末」と憂い、「安心して暮らせる社会はないことを自覚し、そこをスタート地点に物事を考えないといけません」と言い切っています。

ルツ記はたった7頁4章の物語です。主人公のルツは未亡人で、ユダヤ民族からは差別されていたモアブ人でした。物語を織物にたとえるなら、縦糸は見えない神の計画。横糸はルツの真実な生き方です。干ばつで行き詰まった一家が、先祖伝来の土地を手放し隣国で寄留者として生活を始めました。ところが、すべてが裏目となり男手は皆死んでしまいます。妻のナオミは嫁のルツとオルパが再婚することを願いつつ、単独ベツレヘムへ帰る決心をします。しかし、ルツだけはナオミと離れることを拒み、ついてきて見知らぬ地でたくましく働き始めました。

折しも大麦の収穫期でした。掟によれば、未亡人や孤児など生活困窮者は畑で落ち穂を拾うことが許されていました。実際は迷惑がられたり意地悪をされて惨めな経験をすることが多かったのです。しかし、ここに神の計画がありました。落ち穂拾いをしていたのがボアズの畑だったからです。彼はナオミの近い親戚です。ボアズはモアブから姑ルツを慕ってついてきた女性の噂を耳にし、その孝行と働きぶりに感心していたところ、その女が自分の畑で働いていたのですから驚き、そして思案しました。

集められる落ち穂はたかが知れています。ところが、その日ルツが持ち帰った籾は1エファ(23㍑)もあり、ナオミは驚くと同時に親切にして貰ったんだと察しました。聞いてみると「畑の持ち主はボアズ」とのこと。ナオミは息が止まるほどでした。

世の中は甘くありません。ルツは畑で意地悪もされず運が良かったのでしょうか。むしろ運の悪い女性です。夫を亡くし、異国で生きることになったのですから。

しかし「あなたの民はわたしの民」「あなたの神はわたしの神」と信じて真心を込めナオミに尽くしていく中で、神の御手の働きが明らかになり始めたのです。

聖書が示す生き方は「安心を確保する生き方」とは正反対です。現実の厳しさや苦しみに弱音を吐いてもいいのです。その弱さが天を見上げる動機になります。実際は何も解決していないのに、不思議な安心を得、必要な物は必ず与えられるという確信を発見するのです。パウロが言う「いつも感謝していなさい」とはこのことです。

◆収穫感謝◆
日本キリスト教団の教会では11月第4日曜を「収穫感謝・謝恩日」としています。
アメリカから伝わった感謝祭の起源は、メイフラワー号で移住した人々が先住民に助けられて冬を越せたことに感謝する行事でした。200年後リンカーンは南北戦争で分裂した国民を感謝の心で団結させるために、11月第4木曜日をThanksgiving Dayとして連邦休日としました。これを宣教師が日本のプロテスタント教会に伝えました。
日本では秋の米の収穫を祝う「新嘗祭(にいなめさい)」の行事があり、戦後にアメリカの文化と働く人々への感謝とを重ね合わせて、1948年から、11月23日を「勤労感謝の日」としています。

2014年11月18日火曜日

2014.11/16 神に通らされる命への道

 わたしも女官たちと共に、同じように断食いたします。このようにしてから定めに反することではありますが、わたしは王のもとに参ります。このために死ななければならないのでしたら、死ぬ覚悟でおります。(エステル記4:10-17)

 大祭司とサドカイ派の人々は皆立ち上がり、ねたみに燃えて、使徒たちを捕らえて公の牢に入れた。ところが、夜中に主の天使が牢の戸を開け、彼らを外に連れ出し、「行って神殿の境内に立ち、この命の言葉を残らず民衆に告げなさい」と言った。 (使徒5:12-26)


 「行って神殿の境内に立ち、この命の言葉を残らず民衆に告げなさい」 と天使の命令。

 アナニヤ夫妻の事件以来、聖霊への畏れを経験した群れは「教会」と呼ばれます。その活動は、みことばの礼拝と12使徒が民衆の間に分け入ってなす癒しなどでした。
 ソロモンの回廊が礼拝の場、街は伝道と奉仕の場。教会には仲間が加わり、エルサレムだけでなく村々の民衆も「きっと、彼らは神のしもべだ」と言い合うようになりました。

 これに危機感を抱いたのが神殿の権威と商権をにぎっていた大祭司一族です。彼らは使徒たちを一網打尽にして牢にぶち込みました。ところが不思議なことが起きます。天使が夜の間に使徒たちを脱出させ、ご丁寧に牢の鍵は元通りにかけていきました。

 夜が明けるとすぐに、使徒たちは境内で「この命のことば」を語り出します。
 天使の命令だからと言うより、黙ってはいられなかったのです。牢からの開放、イエスキリストの十字架、罪の赦しと復活、聖霊の働き、すべて自分たちが経験した救いの証しです。
 神の救いのわざは、経験した人が語るとき人の心に伝わっていきます。その人は他の人の経験に共感します。つまり、聖書の物語も自分の経験と重ねて追体験できるのです。

 さて、エステル記は、紀元前5世紀のペルシャ王クセルクセス1世(アハシュエロス王)の時代を背景にした民族解放の物語です。
 ユダヤの孤児がペルシャ王に見初められ妃となって寵愛されます。王宮ではしばしば陰謀が繰り返され、その時々の身の振り方一つで出世することもあれば、身を滅ぼすことにもなる危険な場所です。王の寵愛を受けているエステル妃といえども、一つ間違えば命を落とすことになるのです。
 ある時、ユダヤ民族の絶滅計画が明らかになり、ユダヤ人のエステル妃に事の解決が求められます。しかしエステルは引き受けることをためらいます。
 その時、育ての親モルデカイが、「なぜ、口を閉ざすのか。この時のためにこそ(神によって)王妃に取り立てられたのではないのか」 と伝言を送ります。この言葉で彼女は決心を固め、王の前に立って事の次第を訴えたのでした。
 果たして形勢逆転。計画者ハマンは絞首刑となり、ユダヤ民族は救われたのでした。これが「プリム(くじ)祭」の故事です。

 これらは信仰の勇者の物語です。しかし聖書を丁寧に読んでいくと、名もない一人一人が神の守りの中で、その時代の決定的な役割を引き受けていることを発見します。力に対抗する勇気ではなく、素朴な信仰によって立ち振る舞い、神の働き、あるいは天使の助けと言えるような不思議な導きで「天命」を全うしているのです。
 私たち一人一人にも神のご計画があり、永遠の命への招きが確かにあります。その招きに応えて「救いを勝ち取る」のです。

2014年11月13日木曜日

2014.11/9  献身と聖霊

 「わたしは主に罪を犯しました」。ナタンはダビデに言った。「その主が、あなたの 罪を取り除かれる。あなたは死の罰を免れる。しかし、・・・ (サムエル記下12:13-16)

 ペトロは言った。「アナニヤ、なぜ、あなたはサタンに心を奪われ聖霊をあざむいて、地所の代金の一部を自分のために残したのか。・・どうして、こんなことをたくらんだのか。あなたは人をあざむいたのではなく、神を欺いたのだ。」 (使徒5:1-11新改訳)


 「あなたは人間をあざむいたのではなく、神を欺いたのだ」 
このように面と向かって言われた人はどんな気持ちでしょう。今日の御言葉はとても恐ろしいものです。

 信仰の群れは「聖霊に満たされ、神の言葉を大胆に語り」「心も思いも一つ、必需品も共有(~4:35)」という素晴らしいものでした。
 しかしその時、密かに危機が迫っていました。ペンテコステ直後は「彼らは使徒の教え、相互の交わり、パン裂き、祈りに熱心」で「すべての人に畏れが生じた、なぜなら・・・(2:43)」とあります。

 急速に拡大した信者の群れが、大切な基本を見失う淵に立っていました。それは、「主へのおそれ」です。そして「あなたの罪は赦された」という救いの原点です。

 アナニアとサフィラは行動的な信仰者だったに違いありません。仲間内の貧しい人のために衣食住の必要がうなぎのぼりでした。あり余る資産から寄付する人も、普通の人も、貧しい人までが献げることに熱心でした。
 アナニアとサフィラも資産を処分しましたが、そこにわずかな「パン種:世俗的な計算」が混じったのです。代金の一部を持ってきて「これがすべてです」と使徒に差し出したからです。
 単純に「これだけ献金します」なら神は喜んで下さったに違いありません。わざわざ嘘の額を告げる必要などなかったのです。

 私たちの教会では、献金の祈りカードに「今、精一杯の献金を添え、献身の証しとして」と書いてあります。この原文を決めるとき私はとても迷いました。「私を始め、本当に精一杯だろうか、それを会衆に求めて形ばかりにならないか?」畏れをもってこの祈りを用意しました。
 もし、このカードに込められた思いを真剣に受けとめてくれるなら、献金のたびに「精一杯」を自問自答していきたいのです。額はまったく自由です。「真心から」献げられる奉仕と感謝の気持ちを神は求められます。口先で精一杯とは恐ろしくて言えないでしょう。

 ダビデは神の祝福を溢れるばかりに受けた王です。ところが聖書には、思い上がりの罪を何度も重ねたこと、結婚と子育てに失敗したことも正直に書いてあります。

 にもかかわらず理想の王と慕われるのはなぜでしょうか。第1に正直だったこと。過ちも弱さも認め、神を恐れて赦しを求めた人でした。第2に真実な友がいたこと。若い頃から命がけで一緒に戦った仲間がいました。腹心の友が「それは、お前だ」と恐ろしい告発をした時に、友の言葉を神のことばとして恐れ、赦しを受けてやり直せました。

 いつの時代も、誰でも「主へのおそれ」を忘れず「罪の赦し」を信じて生活することが希望のある人生、神への献身です。その献身は聖霊が導いて下さるものです。