◆ (レビ記19:1-4、使徒言行録1:6-11)
聖霊があなたたちに臨む時、あなた達は力を帯びて、エルサレムでユダヤとサマリアの全域で、更には地の果てまで私を証しする者となる(使1:7-8)
今日はペンテコステの祝いの日です。祈る群れの一人一人に聖霊が注がれ聖霊は弟子を世界に押し出しました。そして時空を越えて私たちに福音が伝えられました。
復活のイエスは40日の間、色々な場で弟子に現れて神の国について話されましたが、食事の席で「エルサレムを離れず、前に私から聞いた父の約束されたものを待ちなさい」と命じました。まもなく彼らが聖霊によるバプテスマを受けるからです。
弟子たちは「王国の再建」はいつですかを尋ねます。イエスは「それがいつなのか、あなた方が知るべきでないし、知ることも出来ない」と答えます。弟子たちはダビデ王国の再建を思いましたが、イエスが打ち立てようとされた王国は、それとは性質が真逆なもので、ペンテコステを経験するまで理解できないものでした。
主イエスの王国は「教会:エクレシア・ディアコニア」です。私たちが「我は教会を信ず」と告白する、聖霊の力によって立つ王国です。エクレシアは神に選び出された人々による礼拝共同体で、ディアコニアは信じる者が助け合う生活共同体です。教会は聖霊によって集められ、互いに愛し合い御国の到来を待ち望みながら、一人また一人と加えられていく神の家族です。
さて「父がご自分の権威で定めた時や時期はあなた方の知るところではない」という教えは感謝なことです。「おまえの人生は何年のここまで」と知らされたら安心して暮らせません。
必ず人生の終わりの時は来ます。それは厳然たる事実です。しかし、その時を知らないからこそ、許されている間に精一杯生きていけるのではないでしょうか。
さらに「あなた方に聖霊が降ると、あなた方は力を受け・・・イエスの証人となる」という祝福の約束を信じるなら、人生の全てが聖霊の力の下にありイエスが共にいて下さるのでどんなことでもできる、と力がわきます。
パウロは労苦を共にしてくれたフィリピの信者に「私は自分の置かれた境遇に満足することを習い覚えたのです。貧しく暮らすすべも、豊かに暮らすすべも知っています。満腹していても空腹であっても、物が有り余っていても不足していても、いついかなる場合にも対処する秘訣を授かっています。私を強めて下さる方のお陰で、私には全てが可能なのです(4:11-)」と言い切ります。
神に選ばれ「聖なる者になりなさい」と。聖霊によって私たちは聖なる器として用いられ、私たちによって教会は建てられるのです。喜んでその招きに応えましょう。
◆ (エレミヤ20:10-13、使徒言行録13:44-52)
そこでパウロとバルナバははっきりとこう宣言した。「神の言葉はまずあなた方に語られなければならなかったのです。しかし、あなた方はそれを拒んで、自分自身を永遠の命に相応しくない者と決めたのです。(新改訳:使13:44-52)
善かれと思ってしたことや口から出た言葉で人間関係が壊れることがあり、信じて行動し主張した結果、共同体が分裂し深刻な対立にさえ発展することさえあります。一方ではっきりとした態度をとらない事なかれ主義の人もいます。何が正しい態度か難しい課題です。
パウロとバルナバは聖霊に導かれ、現在のトルコ中央部にあったアンティオキアのユダヤ会堂で聖書に基づいて力強くイエスの福音と罪の赦しを語りました。次の礼拝には町中の人が押しかける程になりました。ところが、そこに強硬な反対者が現れます。
「群衆を見てひどくねたみ口汚く罵って」と町の人がパウロの説教に熱狂する有様をユダヤ人がねたんだというイメージにとれますが、そうではありません。
「宗教的な熱意にかられ、パウロが言ったことに侮りを込めて反論した。本田訳」
ユダヤ人は自分たちが信じる神が冒涜され、信仰の秩序が破壊されると受け取って猛反発しました。若い頃のサウロ(パウロ)がキリスト者を徹底的に否定したように。
後に「聖霊によらなければ誰もイエスは主であると言えない(1コリント12:3)」と告白しましたが、パウロは聖霊によって説教し、ユダヤ人は伝統的な解釈によって反対したのです。
皮肉なことに、キリスト教が公認され権力側につくと、他の宗教だけでなくユダヤ人を迫害するようになりました。
パウロは大胆に宣言します。「神の言葉はあなた方に語られなければならなかった。しかし、あなた方はそれを拒否した。だから、神の言葉は(私たちによって)外国人に向けられる」感情的に反射的に出た言葉ではなく、これも聖霊による言葉でした。
主イエスは「いざという時、あれこれ迷うな、その時は聖霊に委せれば言うべき言葉は自然に出てくる(意訳)」と励まされました。一方で主イエスから出た言葉は鋭い刃物でもあり「兄弟は兄弟を父は子を死に追いやり、子は親に反抗して殺すだろう」と。人間的には断ち切れない悪習や硬直した考え、伝統や掟の縛りを一刀両断して、「そのうえで」聖霊が新しい秩序、出会いとして堅く結び付けてくれるのです。
母の日、感謝を表し喜びを分かち合う日。信仰のバトンタッチを感謝して受け取る日でもあります。生まれる前から神に選ばれ、母なる教会に連なって生かされるため。
◆母の日 大好きなママに手作りの贈り物、遠方の老母に久しぶりで電話、床に伏す母親の見舞い、亡き母を偲んで花を供え、それぞれに感謝の思いをあらわします。
米国マサチューセッツ州ウェブスターのメソジスト教会でアンナという人が母親の追悼会を催しました。礼拝堂をカーネーションで満たして母の愛に感謝したそうです。これを知った百貨店王ワナメーカーが5月第2日曜に店頭で盛大な「母の日記念会」を催しました。1908年のこと。1923年(T12)に日本で最初の母の日が祝われました。
◆ (エレミヤ24:1-7、使徒言行録13:34-43)
ダビデは同時代の人々のために、神の意向を実行に移したのち、眠りにつき 父祖たちの列に加えられて、体は腐敗しました。しかし神が立ち上がらせた この方は、腐敗を見ることはありませんでした。(本田訳:使徒13:36-37)
ことわざに「虎は死して皮を留め、人は死して名を残す」とあります。虎の皮、人の死はこの世に何かを残します。諺はこの世を傍観者の目でとらえた知恵の言葉です。
しかし聖書の言葉は全く反対です。ダビデは名家の息子でしたが跡継ぎや王になる可能性はありませんでした。ところが神はダビデを選び、いかにも勇壮な兄たちをよそに、預言者サムエルによって「人は目に映ることを見るが、主は心によって見る」と言わせます。末息子が次期の王として油を注がれ(任職・即位)たのです。
ダビデが選ばれた理由はただ一つ。神にまっすぐだったからです。彼は決して完璧ではなく、王になって恐ろしい罪さえ犯しました。また妻や息子の愛し方を知らず悲劇を招きました。けれども、最悪の時にこそ神を求め一切を神に告白して、その身を神の手に(意思に)委ねた人でした。そして死んで王墓に葬られ、朽ち果てました。
信仰の手本のような人も神の前に罪人であり罪により「死んで朽ち果てた」のです。ダビデが残したものは少なくなく、偉大ですが、すべて過去のものです。
一方、イエスは預言者の一人と言われましたが、神の独り子として受け入れられず、十字架で(木に架けられ呪われ)殺されました。誰の目にも神に見捨てられたと映りました。
けれども、ここに神の深い愛と知恵があります。私たちは本当に大切な人を傷つけ、大切なものを破壊し、取り返しがつかなくなってはじめて、大切さ、尊さを知るという「手遅れを繰り返してしまう」存在です。それが罪の結果です。
失敗と悔いのどん底に至って、人は捨てられるか、それとも引き上げられるのか。
福音は「低みに立って、やり直しなさい」という招きです。すべての人に向けられています。低みを拒否する人には遠い声になります。しかし、イエスの声に引き寄せられ、赦されたと宣言され、信じて生きようと決心するする人には、朽ち果てない(腐敗しない)永遠の命の約束です。
約束は信じる人にだけ意味を持つものです。「信じない人は既に裁かれている(ヨハネ3:18)」信じない人と信じられない人は違います。信じない人は警告されます。信じられない人は「留まりなさい」と忍耐と愛をもって諭されています。それに気づくときがチャンスです。
◆ (エレミヤ31:21-26、使徒言行録13:26-37)
同胞の皆さん、アブラハムの一族である方たち、また、あなた方の中にいて神をおそれる人たちもです。あの救いをもたらす出来事は、私たちに向けて起こったのです。(本田哲郎訳:使徒13:26)
主イエスのご生涯と出来事は「私たちに向けて完成した」と、パウロは言います。
誰かに何かを差し上げる、ということはよくあることですが、熊本・大分の大地震の被災者に支援物資が送られる際に「嬉しい、助かった、感謝」と思えない物が混じる場合があります。「生もの、冷凍品、古着など」ちょっと考えれば分かることです。
かつてバザーでもありました。くしゃくしゃで汚れた古着、汚れた雑貨、季節外れの品など。本当の求めは何か?。行為でも言葉でもお互いに考えなければと思います。
「神はその独り子を与えるほど、この世を愛した」「彼を信じる人が一人も滅びないで永遠の命を受けるため(ヨハネ3:16-)」とイエスはこの世に来られました。けれども人間はイエスが来られた意味を理解しなかったのです。しかも、聖書に無知な人がでなく、権威あるはずの人々が聖書の意味を「知らなかった」のです。
ところが神の愛はそうなると見抜いていながら実行されました。私たちは拒否されるかも知れない」という思いがあると「偽善的でテキトーな」物や言葉でその場をしのぐことがあります。自分が傷つかないためです。相手に本気で向かって行く人は、時に断定的に、時に一方的に、時に激しくなります。そして相手が理解できず反撃してきた時に受ける傷は深いものです。それでも、諦めないのが神のなさる方法です。
私たちは、イエス・キリストのゆえに神の子とされています。そう信じられるとき、神の愛の深さ、尊さ、激しさ、そして赦しのプロセスと意味がだんだんと分かり、応えられるように成長させられていきます。そのプロセスは聖書がすでに教えていたことを学ぶのです。聖書を研究すればイエスが分かるのではなく、神に赦され、イエスに出会う(イエスの働きに遭遇する)ことによって聖書が分かってき、聖書をもっと知りたい、理解したいと願うようになれるのではないでしょうか。
あぶないのは、エルサレムの指導者、律法学者のような形式主義者、そして一度はクリスチャンになったが神の愛から離れたような人間主義(まじめ頑張り屋)的な人。信仰を分かった気になることが、聖霊の働きに無感覚になるのです。
聖霊よ、来て下さい。私たちが神の愛を心から感謝できるために。
◆ (サムエル記下7:18-29、使徒言行録13:13-26)
イスラエルの人たち、ならびに神を畏れかしこむ方々。よく聴いて下さい。(13:16)
「あなた方のうちにある希望について説明を求める人には、誰にでも、いつでも、弁明できる用意をしていなさい。正しく、優しく、慎み恐れて、正しい良心で。(1ペトロ3:13-22)
買い物帰り、ある人が「ちょうど良かった。キリスト教について聞きたいことがあるけど、いいですか」と声をかけてこられました。百年前、安曇野で柳田国男が宗教について、耶蘇教についてした講演の書き写しを見せて。たまたま神学校の卒論で扱った分野に近かったので応じたのですが、まさに、上記のみことばを思いました。
バルナバとサウロは「聖霊に送り出され」キプロスの人々に福音を伝えました。さらに海路ペルゲに到着しましたが、そこでヨハネ(別名マルコ)が帰ってしまったのです。がっかりしパウロは腹だたしかったと思います。それでも険しい峠を越え、高原のアンティオキア(この名は各地に16も)に到着。ここにもユダヤ会堂がありました。
ローマの植民都市でギリシャ人が多い町。二人は安息日に会堂入って席に着きました。律法と預言書が朗読されると、会堂長の使いから「兄弟たち、何か励まし(慰め)の言葉があれば」と声をかけられました。イエスも故郷ナザレの会堂でイザヤの言葉を示して「あなた方が耳にした言葉はきょう成就した」と説教されました。アンティオキアでの聞き手はユダヤ人と改宗した外国人(ギリシャ・ローマ系)。
パウロが立って挨拶し、同胞には「シェマー(聞け)、イスラエルよ」と思いを込め、改宗者へは「神を畏れる方々」と敬意をもって話し始めました。そこには会衆への配慮がありました。彼らの先祖の歴史や神の理解、話を聞く習慣が違ったからです。
パウロとも呼ばれていたサウロ(13:9)が私たちに語るメッセージとしても聞けます。聖書に親しみつつも、日本人の歴史や宗教観、ものの考え方の中で生活している私たちへの語りかけです。「イスラエルよ」神に選ばれてクリスチャンになった人に。「神を畏れる方々」神の導きで礼拝する仲間にされた人に重ねていいでしょう。
パウロは「神の恵み」に集中し、超コンパクトに救いの歴史を語りました。わずかな信仰の家族が、苦難をへて力強く増え拡がり、神の民になった。エジプトで強大な民族になり、エジプトを出て信仰の民となる。それらは神の御腕の導きと支配、反抗した日々の愛と忍耐の養育の故だったというのです。
その選びと恵みの究極の目的は、あなた方(アンティオキアの聴衆も、私たちも)が救い主イエスを知り、主を受け入れるということだと。この神の愛に素直に「アーメン」と応えられる信仰こそ「神を真実とする」生き方なのです。
◆(列王記上8:54-61、使徒言行録13:4-12)
聖霊によって送り出されたバルナバとサウロは、セレウキアに下り、そこからキプロス島に向けて船出し、サラミスに着くとユダヤ人の諸会堂で神の言葉を告げた。
「時は満ち、神の国はすぐそこに来ている。低みに立って見直し、福音に信頼して歩みを起こせ(本田哲郎訳マルコ1:15)。主イエスの宣言は留まらず世界に拡がっていきます。
約160年前、日本が鎖国を解くやいなや、欧米の宣教師たちが命がけでやってきて、祈りつつ本格的に伝道できる時に備えていました。聖霊の導きと人間の行動が一致するとき驚くべきことが起こります。
私たちの教会の前身の松本教会は、横浜でその時を待っていた宣教師に一人の商人が出会って聖書を持ち帰ったことで始まりました。
アンティキア教会に祈られて送り出された二人が、聖霊に導かれたのはバルナバの故郷キプロスでした。まずその地のユダヤ会堂から神の言葉を伝え始めました。それがその後の世界伝道につながります。彼らは、どこでもユダヤ人に語りかけました。
この島の総督はセルギウス・パウルスという博学な人でした。総督はバルナバたちの噂を聞いたのでしょうか、二人を官邸に招きます。総督の傍らにはバルイエスという人物がいました。実はバルイエスは「偽預言者」で「魔術師」でした。
偽者を見分けるのは容易ではありません。世間では偽ブランドと知りながら愛用している人が多数いますが、本物に比べて圧倒的に値段が安いから分かっているのです。
ところが、本当のニセモノは見分けがつかないほど本物らしいのです。総督は博学で宗教にも歴史や哲学にも通じていたのでしょう。バルイエスの話も知恵に満ち、筋が通っていて政治的助言としてこれまで貢献していたに違いありません。だから分からないのです。
ところが、みことばが官邸で語られると、バルイエス(エルマ)はみことばに異論を挟みます。呪われた人が救い主であるはずがないと。
パウロはバルイエスをじっと見つめて、「偽者、正義の敵、主のまっすぐな道を曲げる者、主の手がお前の上に下る」と宣言します。彼はたちまち目が見えなくなりうろたえました。(福音書のペトロ、使徒9章のサウロの体験と似ています)
その現場にいた人は皆どんなに驚いたことでしょう。みことばに圧倒された総督は信仰に入りました。
なぜバルイエスにこんなことが起こったのでしょうか。「主のまっすぐな道」に対抗したから、それはクリスチャンも知らずしてしているかも知れません。
ところで、ソロモン王は当世一大の賢者でしたが、政治的な必要から多くの正妻と側室を持ち、彼らの母国と通じていたために、晩年は神が何度も預言者をおくって諭したにもかかわらず、曲がった道を改めようとしませんでした。
「まっすぐな道」は聖霊が導いて下さる道です。時に理性で抵抗したくなるような、尻込みしてしまうような道へも。
◆ (エレミヤ31:27-28、使徒言行録13:1-3)
主を礼拝し断食していると聖霊が告げた。「さあ、バルナバとサウロを私のために 選び出しなさい。私が前もって決めておいた仕事にあたらせるために」使徒言行録13章2節
私たちの歩みは今朝から26年目に入ります。たった3節のみことばに幾つもの重要な言葉が含まれています。主、礼拝、断食、聖霊、召命、預言、教師などです。
1991年、長野県町教会の伝道師として働き始めた頃、親友のMさんの田んぼで稲刈をするというので誘われ、そこでH伝道師、Oさんと初めて出会いました。
まさかその後、O青年が仕事を辞めて神学校へ、更に20年後にMさんも献身の道に踏み出すとは想像もしませんでした。二人の心にはすでに幻があったのかも知れません。
世間で「主を礼拝する」と言っても分からないでしょう。「神を礼拝する」「仏を拝む」は通じるかも知れません。
主を礼拝する、と言うときの主は「私の主」です。神とか仏とか漠然とでなく、まさに私の救い主、私の所有者(キュリオス)、私のイエスです。
主なる神、主なるイエスに集められた(エクレッシア)人々が「教会」です。共に集い、神に結びつき、礼拝してこそ神の民「主を讃美するために民は創造された(詩102:19)」なのです。
「礼拝」と訳されたレイトゥルギアは、民(ラオス)と仕事(エルゴン)の合成語で、神の民の仕事を意味します。
古代ギリシャの都市国家(ポリス)で自由人が、公共のために時間や労力、知識や技術、時間、私財を提供することでした。あくまで自由人が、自発的に喜びと名誉をもってなすことだったのです。
人生でも歴史でも節目の時があります。人が思い描く夢や計画ではなく、予想もしない時と方法でそれが実現するのです。
福音の場所も、ガリラヤからエルサレムへ、エルサレムからガリラヤへ、アンティオキアへ、そして未知の世界へと。
アンティオキアの教会はエルサレムの貧しさを補うほどに成長し、そこに集まった人たちは多彩でした。肌の黒い人(ニゲル)と呼ばれるシメオン、キレネ(北アフリカ)人のルキオ、領主ヘロデの同窓(たぶん貴族)マナエン、中核のバルナバとサウロなど。
預言のカリスマを与えられた人、聖書や預言を解き明かせる人がいました。彼らは定期的に礼拝し、伝道について語り合っていたかも知れません。だからこそ、ある時、断食して判断を主に仰いで祈っていたのです。
あるとき「バルナバとサウロを聖別しなさい。彼らを召したとおりの仕事を与えよう」と聖霊が告げました。人の思いを越えた選びと成長の節目です。それはクリスチャンの誰にも、教会にもあるのです。
◆(エレミヤ31:31-34、マルコ16:1-8)
驚くことはない。あなた方は十字架につけられたナザレのイエスを捜しているが、あの方は復活させられてここにはおられない。見よ、ここがお納めした場所である。
今朝の礼拝は、1991年4月7日から1304回目の満25年にあたる復活祭の礼拝です。
キリスト教の礼拝と歴史は復活のできごとが原点です。十字架の上で死んだナザレのイエスを神が「新しいいのち」に復活させられました。
それは週の初め日の夜明け前の神秘です。明け方、
①三人の女たちがイエスの体を香油で清めるため墓に向かいました。墓は大きな石で封印されていましたが、
②すでに開いており、
③墓に入ると白く輝く若者を見て仰天します。彼は、
④「ナザレのイエス(の遺体)を捜しているだろうが、ここにはおられない。あの方は復活させられたのだ。
⑤見よ、納めた場所を。
⑥さあ、行って、ペトロたちに伝えなさい。かねて言われていたとおり、主は先にガリラヤに行かれる。そこでお会いできる」と告げます。
彼女たちは震え上がるほど怖くなって逃げ帰り、誰にも何も言わなかった、いや混乱して言えなかったのです。これが、マルコの告げる復活の朝の出来事です。
イエスより六百年前、預言者エレミヤは神から示されました。「見よ、私がイスラエルの家、ユダの家と新しい契約を結ぶ日が来る」と。神の愛に逆らい続けた古いイスラエルは滅びました。けれども新しい契約は、人間の不実にもかかわらず神の熱心によって実現しました。
「私は彼らの神となり、彼らは私の民となる」イエス・キリストの十字架の死によって「私は彼らの悪を赦し、再び彼らの罪に心を留めることはない」という確実な約束です。
キリスト信仰は再出発の希望をいつも示しています。
無力感の前に立ちはだかる大岩は除かれ、香油は不要になり、ガリラヤへの道が示されました。イエスは確かにガリラヤにおられた。復活の姿、存在として。そこからイエスを主と崇める信仰が始まったのです。
最初イエスに「私についてきなさい」と言われた意味がはっきり分かりました。人間の愚かさも弱さも嫌と言うほど知った弟子たちは、故郷ガリラヤから、本物の「人間の漁師」として立てられます。
私たちも四半世紀・25年を感謝して、その意味を問い直し、私たちのガリラヤで主と出会い、従いましょう。
◆ (創世記45:1-8、マルコ12:1-12)
これは跡取りだ。さあ、殺してしまおう。
そして、息子を捕まえて殺し、ぶどう園の外に放り出してしまった。
さて、このぶどう園の主人はどうするだろうか。
しゅろの日曜日です。マルコ福音書は旅の最後の1週間を一日ごとに記しています。
一行はエリコを出発し、午後にエルサレムに入られました。主イエスが、用意されたロバにまたがり城門をくぐられた時、過越祭の巡礼者たちは上着やナツメヤシ(しゅろ)の葉をイエスの足下に敷いて「ホサナー、ホサナー」と叫び続けました。「今、救って下さい」という意味です。
ところがその人々が、5日後に祭司長たちに扇動されて「十字架につけよ、十字架につけよ」と総督ピラトを脅す群衆に変貌するのです。
受難週は「わたしの罪」を覚え「イエスの苦難と赦し」に思いをはせる「終末の時」です。
イエスの「終末」の喩えは、聞く人の立場を明らかにします。心で聴いて神さまに顔を向ける人となるか、聞き流して神さまに背を向け続けるかのどちらかです。
このたとえ話では農夫は人間。主人は神。息子はイエス。ぶどう園は神が手塩にかけて手入れした世界です。
私たちは「所有」にこだわる時、争いを引き起こしてしまいます。土地も食べ物も水も、すべてを分かち合うとき余りが生じるほど充分です。
農夫たちに息子を殺されたぶどう園の主人はどうするだろうか、という問いです。主人は報復するに違いないとイエスは言われましたが、真意は全く違いました。人間なら2倍にして報復するでしょう。しかしイエスは十字架の上で「主よ、彼らをお赦し下さい。何をしているのか知らないのです(ルカ24:34)」と祈られました。
「今すぐ救って下さい」の叫びは、人間世界の切実な願いです。しかし、神さまは人の要求とはまったく違う方法や時期に、救って下さる方です。救われた経験を持つ人は、ただ、起こった出来事のすべてに驚きをもって納得し、讃美するだけです。
「家を建てる者の捨てた石、これが隅の親石となった」プロの大工が使い物にならないと投げ捨てた石、それがイエスです。
神は人間の価値観とはまったく違う方法で不動の家を建てられる大工だというのです。隅の石は日本では「大黒柱」のことです。
創世記は「旧約の福音書」とも言われています。ヨセフ物語はその珠玉です。アブラハムが愛した末の息子、ヨセフの苦悩と栄光を通して、他の息子たちと子孫の救いが語られているのです。
その鍵は、兄たちの罪の気づきにありました。罪のありようを教えてくれるのが十字架のできごとです。救いの十字架は復活につながっています。
◆(詩篇1、マタイ2:1-12)
「天を見上げ星を数えられるなら、それを数えよ。お前の子孫はこのようになる」先が見えなくなっていたアブラムはハッと気づいたはずです。神にできないことは何もない、と。この啓示をへて、彼の信仰は新しい段階「アブラムは主を信じた。主はそれを彼の義と認められた」に入りました。(創世記15章)
星の光には不思議な力があります。昔から遊星や星座の運行は地上の運命と結びついていると信じられ、観察し研究する学者(マギ)たちは王や将軍の参謀でした。
マタイ2章には三つの生き方が描かれています。
第一は「ユダヤ王の星が昇るのを見たので」エルサレムへ向かったマギたち。主要な街道はありましたが長距離の旅は命がけで費用も莫大でした。そこまでしてなぜ、ユダヤ人の王を探し訪ねたのでしょうか。それは地上の運命(世界平和)を左右する「真の王」を確認するためでした。
第二はヘロデ王。イドマヤ人でありながらローマ皇帝に取り入ってユダヤ国守の座に居座り、たとえ后や王子であっても反逆の嫌疑があれば剣にかけた血なまぐさい男です。本当に「ユダヤ人の王」が生まれたのなら、まさに政敵です。「見つかったら教えてくれ。私も行って拝もう」の言葉とは裏腹に殺意を秘めていました。
第三はエルサレム市民や祭司長たち律法学者たちです。ヘロデを軽蔑していながら、国守の一挙手一投足に怯えて従っていたのです。律法学者は聖書の解釈に熱心で些末な規則を次々に生み出しましたが、真理を探求し行動する人ではありませんでした。
ところで、詩篇1篇によれば「さいわいなことよ」と神に喜ばれる生き方が書いてあります。避けるべき道、選ぶべき生き方が。
どんなに忙しい日々にも自由にできる時間があるはずです。その時間をどう使うかによって信仰生活は違ってきます。早朝に聖書を読み、ちょっとした時間を祈りの時間とし、感謝の祈りをして眠りにつく。この習慣を身につけると、嫌なことや苦しいことがあった日でも「幸せだなー」と思える一日に変わるはずです。
もし、ヘロデもことば通りに行動し、幼子の笑みに触れていたなら彼の晩年も変わったかも知れません。律法学者もエルサレムの市民も「ユダヤ人の王はどこに」という問いを自分のものにしていたなら、無益なおびえから解放され平和な日常を手に入れていたかも知れません。
マギたちは星に導かれて始めた旅の目的がかなっただけでなく、真の主に出会い、みことばを知って、それまでとは違う真理探究の人生が拓かれたに違いありません。
聖霊(星)に導かれた日々を感謝し、日々主に出会う喜びを求め、主のみことばを糧として、新しい年の人生を一緒に歩んでいきましょう。祈りの家で神の家族として。