2015年5月29日金曜日

2015.5/24 ペンテコステ 喜びにあふれ、旅は続く

(イザヤ書53:11-12、使徒言行録8:32-40)
 ふたりが水から上がると、主の霊はフィリポをよそへ連れ去った。
 宦官はフィリポを見失ったが、喜ばしい気持ちで旅を続けた。
(本田哲郎訳:使徒言行録8:39)
 イースターから50日目のペンテコステに教会が誕生しました。
 「父の約束を待ちなさい」「まもなく聖霊のバプテスマを受ける」「聖霊が降ると力を受ける」とのイエスの言葉を信じて、母マリアや使徒たち120人もの弟子たちが祈っていると「彼らの上に炎のような舌が一人一人の上に留まり、聖霊によって世界各地の言葉で神のわざを語り出した」のです。(1-2章)
 12人から始まった弟子は劇的に増えて、エルサレムで大きな働きを始めました。ところが、その働きは迫害という予想外の力によって散らされてしまいました。けれどもそれは「あなた方の上に聖霊が降ると、力を受け、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで私の証人となる」の実現だったのです。そして伝わり伝わり、ついに私たちにも届きました。
 さて、フィリポは巡礼帰りのエチオピア人の願いに応えて聖書の意味を説き起こします。この場面はルカ福音書24章13-31節にそっくりです。
 自分の人生や世の中が良くなることを願い、その実現を誰かに期待するものです。しかし、神の思いを除外した期待は見事に裏切られます。エマオへ向かう弟子たちも「まさか、イエスさまが殺されてすべてが元通りになるとは」と失望を背負って歩いていたからです。
 その時、見知らぬ人が近寄ってきて「何の話をしているのですか」と話しかけてきました。そしてモーセから始めてイエスの十字架と復活にいたる聖書の目的を懇切丁寧に教えられました。二人の心は失望から希望へ、心が燃え始めたのでした。
 フィリポの解き明かしによって宦官は、今まで読んできたみことばが、私に向けられ、私を招いている言葉として聞こえてきました。罪を自覚できない人間から誤解され、ののしられながら十字架で死んだ「僕イエス」が、神により復活させられ栄光に入ったことを。罪人はまさに私のこと。イエスの命が取り去られたことはまさに私のためだったと。
 「ここに水があります。バプテスマを受けてもいいですか」
 振り返ると、初めて聖書を手にした日、エルサレムに行きたいとカンダケ女王に申し出た日、毎年巡礼に出かけるものの、神が分からなかった日々がありました。
 そして今日、ついに「私の救い主・イエス」を確信したのです。言われるままに水に入り「父と子と聖霊の名によって」バプテスマを受け水から上がると、いつの間にか先生(フィリポ)の姿が見えなくなっていました。
 聖霊は一人の人を選んでイエスに結びつけ、人生を導き、祝福して下さる働きです。

2015年5月22日金曜日

2015.5/17 誰かが導いてくれなければ

◆(イザヤ書52:13-53:3、使徒言行録8:25-31)
 そこで、霊がフィリポに「行って、あの馬車にぴったりつきなさい」と言った。
 (本田哲郎訳:使徒言行録8:29)
 小鳥の雛がふ化する瞬間にたとえ「啐啄そったく同時」という言葉があります。中国に鏡清禅師という方がいました。弟子が「私は充分に悟りの機が熟しています。今まさに自分の殻を破って悟ろうとしています。どうぞ先生、外からつついて下さい」と言ったところ、「つついてやってもいいが、本当のお前が生まれてくるのか」と。「もし悟れなかったら世間に笑われます」との答えに「この煩悩まみれのタワケ者めが」と一喝されました。禅宗の碧巌録(へきがんろく)にあるエピソードだそうです。
 旧約のコヘレト3章に「すべて定められた時がある」とあります。「良いときも悪いときも」神の手の中にあります。ステファノもフィリポも、迫害の中で神によって導かれ、彼らにしかできない仕事を全うしました。それが天命であり天職でした。
 迫害で追われてサマリアに来たフィリポは、そこでみ言葉の種を蒔き、耕しました。しかし収穫はペトロとヨハネに委せます。
 つぎに「南に向かい、荒れた地へ行け」と聖霊はフィリポに命じます。彼は「すぐさま出発し」エルサレム、ヘブロン、ベエルシェバ、そして地中海に面したガザへの街道を下りました。
 ガザは昔から南の勢力と北の勢力が奪い合った交易の要衝で、その当時、古いガザは荒れ果てていました。
 すると前方に立派な馬車が見えす。聖霊は「行け、あの車を追え」とフィリポを促します。やっと追いつくと聖書の一節が聞こえてきました。イザヤ書の「苦難の僕」のところです。
 馬車にぴったりついて小走りしながら声を掛けます。「読んでいることが分かりますか」「いや、さっぱり。手引きをしてくれるといいんですがね」と声の主。こうして、はるばるエチオピア(現在の南スーダン)からエルサレムへ来たカンダケ王朝の高官は、フィリポを通じて「ついに分かった」という経験をしたのです。
 「すべてに時あり」ギリシャ語でカイロス(時)は、事が成る瞬間を意味します。フィリポと高官は一期一会でしたが、まさに「啐啄」が起こったのです。
 お仕着せの「教え」ではなく、煩悩まみれの「悟り」でもなく、まっすぐな者同士の出会いによって神の「時」が成就する。これこそが聖霊の働きです。
 私にとってフィリポは誰だったのか。教会にとって「宦官:求道者」は誰なのか。
 私たちの人生も、「散らされ」「出会わされ」「適任者に委ね」「すぐに出かけ」「ぴったりついて走り」「臆せずに声をかけ」神の国への道を喜びに溢れて進んでいくのです。

2015年5月11日月曜日

2015.5/10 母はすべて心に留めていた

◆(列王上17:17-24  ルカ2:41-52)
 マリアはこのことを心にとめ、その意味を思い巡らしていた(2:19)
 イエスは言った「わたしを探したとは、どういうことですか。私が父の家にいるはずだと分からなかったのですか。両親にはイエスの言葉の意味が腑に落ちなかった。・・・・
イエスはナザレに行き、両親に従って暮らした。母親はこのことをすべて心に納めていた。
(2:49-51)(本田哲郎訳:ルカによる福音書)

 幼少期のイエスはどんな子だったのか、ルカだけが教えてくれます。12歳になったばかりの少年が、エルサレムのどこに興味をもっていたのか、自分が何者かを確かめたかったことが察せられます。数え切れないほどの羊や牛が次々と殺され、大量の血が溝の中を流れていくの見てどう感じたでしょう。こんなことを天の父は望んでいらっしゃるのだろうか。
 神殿の行事も終わり、ちょっとした時間を見つけて、年配者に律法の質問をしたり、質問されたりしてすっかり夢中になってしまい、約束の時刻を忘れたのかも知れません。
 村人と帰路にあった両親は、次の日イエスがいないのに気づいて引き返しながら、さんざん探して3日後、境内で議論の輪に加わっている息子を見つけたのです。
 マリアは叱ります「勝手なことして、どんなに心配したか分かっているの?」これに生意気な返事をする息子。しかし、マリアの受け取り方がとても興味深い。
 若くて慣れない土地でお産したばかりのマリアは羊飼いたちの不思議な話と体験を「すべて心に納めて思い巡らし」あれから12年。弟や妹の面倒をよく見る長男が、なぜあんな返事をしたのか。「神殿が父の家? いつか分かるはず」と心に納めた。
 わが子イエスを見失う(十字架の上で殺される)、さんざん探し回る(3日間の絶望)、そしてエルサレムで見つかる(復活の主)このエピソードにはキリストのモチーフが重ねられているのか。
 カトリック教会ではマリアは特別な聖人と見られている。キリストと並んで神に祈りをとりつぎ、人々を救う権威が信じられている。
 しかし福音書のマリアはそうではない。招かれた婚礼で葡萄酒が底をつきそうなのを知り、気配りしたマリアが息子に「葡萄酒がなくなりました(何とかして下さい)」と願う。ところが息子は「婦人よ、私と何の関わりがあるのです。わたしの時はまだです」とつれない。この時マリアはイエスに従い信じ切るよう求められている一人の女性なのです。フツウの母親ならばどう対応したでしょう。
 マリアが素晴らしいのは、神からの権威とか、肉親の情や親の権利でもなく、ただ信仰による絆へと導かれ、そして従ったことです。
 主イエスは死の直前「婦人よ、ご覧なさい。あなたの息子です」と弟子のヨハネを信仰の家族として新しく結びつけられたのです。


母の日
 「お母さん、いつも**ありがとう」とカーネーションや贈り物によって感謝を表す行事は大事な遺産です。しかし母の日の本来の精神はどこにあるのでしょうか。
 母の日は110年程前の米国で、亡き母クララ・ジャーヴィスを慕う娘アンナが礼拝堂をカーネーションで一杯にして記念会をしたことが始まりです。母親は26年間も教会学校で子どもたちに神の愛を教えました。特に十戒の第5戒「汝の父と母を敬え」は娘の記憶に深く刻まれ「母さん、信仰を受け継いだことは何よりの贈り物でした」そういう母への感謝が、教会から始まり、花を贈る習慣として商業的に拡がったのです。

2015年5月3日日曜日

2015.5/3 ただただ、感謝して

(申命記8:11-18、使徒言行録8:14-25)
 神の贈り物を財貨で手に入れられると、おまえは見くびっている。こういう事柄に関して、おまえが関与する余地はまったくない。おまえの心は神にまっすぐ向いていないからだ。
 おまえのそういう間違った考え方を、低みに立って見直しなさい。おまえの心のそういう思いを、なんとか赦してもらえるように、主に祈りなさい。 (本田哲郎訳:使徒言行録8:21-22)

 魔術師シモンは、フィリポの語る福音と徴を信じてバプテスマを受けました。神を信じ、イエスの十字架の赦しを受け入れて新しく生きはじめたということです。しかし、シモンは自分の能力と、強烈な個性、支配欲のために大きくつまずきます。
 フィリポの伝道によってサマリアでぞくぞくと信者が生まれました。11章19節によると、伝道対象はユダヤ人のみで、異邦人伝道はまだ先のことです。そこへペトロとヨハネがエルサレム教会から派遣されて、彼らが聖霊を受けるようにと祈りました。
 二人がそれぞれ信者の頭に手を置いて祈ったのでしょう。すると信者たちに聖霊が与えられました。
 これを見て「その素晴らしい力を私に買わせて下さい」とシモンは大金を差し出したのです。魔術本が金で買えたように、聖霊を与えるわざも同じと考えてのことです。
 ただちにペトロは「お前も金も消え失せろ」と激しく断罪します。ちょうどペトロが(マルコ8:33)「サタン、引き下がれ。お前は神のことを思わず、人間の判断をしている」とイエスから激しく叱られたようにです。
 けれども、ペトロの激しい断罪は救を指し示しています。「お前の心が神の前に正しくないからだ。悔い改めて主に祈れ。そうすれば赦されるかも知れない」
 愛があるからこそ、はっきりと言うのです。そして、それにも応じない人には、本当の裁きが訪れるのです。
 私たちは教会で「父と、子と、聖霊の名によって(マタイ28:19)」バプテスマを受けるのですが、新約聖書には
①ヨハネの(水の)バプテスマ、
②イエスキリストの名(キリスト)のバプテスマ、
③聖霊のバプテスマ、
④聖霊と火のバプテスマなどが記されています。
 聖霊は神の見える働きです。聖霊を表す言葉として風とか息が用いられてきました。目に見えない働きが、働きを受けた対象の変化によって知ることができるからです。
 たとえば、空の雲が流れ、木々の葉が揺れることによって風の働きや大きさが分かり、息をしているかどうかによって生きているかどうか、大丈夫かどうか判断できます。
 聖霊は、神さまからの自由で好意を込めた働きかけであり、贈り物です。ただただ感謝して受け、心をまっすぐに神さまに向けて命を頂く。そこに人生があるのです。

憲法記念日
 67回目の憲法記念日です。日本国憲法は1946年11月3日に交付され47年5月3日に施行され48年には「国民の祝日」で祝われるようになりました。
 今、平和主義、主権在民、基本的人権はどうなっているでしょうか。聖書はすべての民の歴史を示します。