2020年6月29日月曜日

2020.6.28 教会創立記念日「正しい関係に返ること」

 私たちは6月第4日曜日を教会創立記念日としています。今年で29周年です。
 教会の創立記念日も人の誕生日のように、この土地、この家族の中で命を授かり、恵みによって生かされてきたことに感謝し集い祝います。自分の名前に託された願いを親から聞くように先人に聴き、迷ったり立ち止まったりしているときには受け止めてもらい、嬉しいときには子どものように喜び、年老いて弱ったときにも主を見上げて新しい力を受け、若い世代を祝福して信仰の遺産を残していくのです。
 私たちの最初の礼拝は、1991年4月7日に守られて24名でした。詳しい記録はありませんが、内訳は12人の会員と伝道師、11名のゲスト(松本教会からの応援等)です。それから29年、今朝、1526回目の公同礼拝をささげています。
 その時の12人の会員としてAさんとBさんがおられますので、礼拝後に話を聞かせていただけたらと思いますが、どうでしょうか。
 記憶を語り継ぎ記録を残した人々によって聖書は私たちに受け渡されました。聖書には神のなさった事への畏れ、驚き、喜びが活き活きと描かれる一方で、神の厳しい裁きも記されています。神の裁きは愛する人間を決して見捨てないしるしです。
 さて筑摩野教会の物語は松本教会が創立90年を間近にした1960年代に始まります。
 当時、松本教会は市役所拡張のために移転することになり、松本市は代替地を提供しさらに差額を教会に支払いました。その額は新会堂を建てるのに充分でした。それで苦労なしに会堂建築へ向かうのですが、計画を巡って会員の間で意見の違いや感情的な対立が起こってきました。ある人たちは以前に劣らない広さと設備を備えた立派な会堂にすべきだと言い、ある人は松本市南部はこれから人口が増える地域だから、あそこに伝道の拠点を作るため資金と力を注ぐべきだと主張し、それらの意見は対立し、ついに数名が教会を去る事態になりました。
 三和義一牧師は痛恨の念を込めて書いておられます。「我々はみんな教会のためによかれと願いつつ、意見をかわし事を進めてきた。誰もただ自分の思い通りにしようとした者はいなかった筈である。しかし実際は長老会の提案通り計画が進められるようになった結果、反対した人々の中から数名の離脱者が出るようになった。・・・我々はこのことについて、他者を責めるのではなく、神の前に恐れをもって反省しなければならない。ただ福音に共に与ることに於いてつくられる教会の交わりが、人間的なものによって破られたことについては、何よりも先ず、私たちの信仰と高慢な罪が厳しく問われなければならない」と。
 こうして1969年に松本教会は新会堂に移転したのですが、資金の一部を南部伝道のために残し、現在の青い鳥幼稚園の一部である150坪を購入しました。しかし伝道を直接担える信徒が近くにいなかったので、計画は停滞してしまいます。
 三和牧師の後任に若い小倉和三郎牧師を迎えて、教会創立百周年が近くなると、「松本市南部に教団の教会を」という祈りが教会に満ちるようになりました。それに呼応するように、1976年に北原町に家を建てた信徒宅で家庭集会が始まり、近くに住む信徒の子どもたちを中心に北原町公民館で子ども会が始まり、松本教会の婦人会として「南部聖書を読む会」、家庭集会などが13年間続けられました。
 南部伝道が具体的になってきた1978年の教会報「やまびこ」には
「10年後に北原町に南松本教会を設立、30年後には50人の信徒で礼拝」
「南部と言っても地域は広く、芳川、寿、神林、笹賀、中山等、南部に住む何万という人々に御言葉を伝える計画が達成できるよう、そしてその活動を通じて自分自身の信仰を強くすることが出来るよう、希望と決意を新たにする」
「この会堂建築によって与えられる目に見える約束は何もないかも知れないが、この稔りのために心を尽くしていくことが私にとって、神の国を信じ、神に召されるその時まで、この地上で主の証人として力強く生きていくという、信仰の原点にもう一度立ち返る機会になるのではないかと思っている」と思いがつづられています。
 こうして1991年に神学校を卒業したばかりの兵藤辰也伝道師を迎えて新しい教会が生まれたのです。
 教会は仲良しが意気投合したり、有力者が動いて建つのではありません。むしろ弱さを抱えた人、容易でない問題を抱えた人々が神に集められて建つのです。個人的には耐えられないような苦しみや悩みの真っ最中に、教会設立の責任を担うことになったからこそ、危機を通り抜けることが出来た人もいたと思います。
 このようにして設立した松本筑摩野伝道所は松本教会だけでなく、一緒に祈り苦労して今は大変高齢になられた信徒や、県外に移られた信仰の友に支えられ、分区教区や全国の教会の祈りと交わり、地域の人々やキリスト教保育の幼稚園の関係者とのつながりの中で今日までの歩みがあるのです。
 ところで名称の「松本筑摩野」は、第1に「筑摩野中学校」の隣に建ち、それが自然であったこと、第2に筑摩野は安曇野と同じように生活圏の古い名称で地域に開かれた教会にふさわしいこと、第3に南部伝道の稔りとして松本南がなじみ深く、筑摩野に松本を冠して松本筑摩野になりました。
 また、教団では信徒が20名以上になるまでは伝道所です。一般に分かりにくい呼び方かも知れませんが、伝道する群れやMission stationという意味で伝道所という名称は個人的には大好きです。
 終わりに、これからの歩みも御言葉と聖霊の導きに素直でありたいという思いで神の出来事を聞きたいと思います。
 ペンテコステの朝、ペトロの説教で自分たちの罪に心を刺された人々は「兄弟たち、わたしたちはどうすればよいのか」と不安そうに訴えます。ペトロは率直に彼らに迫りました。「悔い改めなさい」と。ここを本田哲朗神父の翻訳で読んでみます。
「低みに立って見直し、一人一人皆、キリストであるイエスご自身に結びついて、沈めの式を受けなさい。そうすれば道を踏み外したことは赦され、贈り物として聖霊を受けるのです。聖霊の約束はあなたたちに向けられたものであり、あなたたちの子どもにも、はるか遠くの人たちにも、神である主が呼びかける、すべての人に向けられているのです。」と。
 更に多くの事例をあげて神の愛を証言して「ゆがんだ社会から自由になりなさい」とみんなを励ましました。
 私たちは個人的にも、社会的にも「何かが間違っている」という感覚はあると思いますが、「では、私たちはどうすればよいのか」と考えたときに「私には何も出来ない」と思うかも知れません。
 しかし神はそういう人に向けて「私の言葉を聴きなさい。そうして聖霊を受けなさい。そうすればあなたも、あなたの家族も、将来の人々にも救いが訪れるのです」とやり直すチャンスと従う勇気を与えて下さいます。
 アダムとエバは生まれながらに備わった自由を正しく用いることが出来ませんでした。しかし、神を裏切ってしまって尚、神は新しい生き方を与えられました。それは苦労と苦しみの絶えない世界でしたが、その地上世界は神の憐れみに支えられ、永遠の命に向かう生き方を選ぶことができるのです。
 私たちは罪赦された罪人の集まりであり、教会がすべての民の祈りの家として、今日再び神の赦しの愛に立ち返って、教会の歩みを進めていきましょう。そこには必ず神さまの恵みと希望があるからです。
 祈ります。
 私たちを土の塵から造られた神さま。私たちに息を吹きかけて生きる者にして下さったことに感謝します。今朝教会が生まれて29年目を迎えました。これまでの豊かな恵みと励ましに感謝します。そして時に過ちを犯し気落ちしやすい私たちを、キリストの愛のゆえに正しく導いて下さい。
 私たちはあなたを愛して、人々を自分のように大切にします。どうか、そのように生きられるように御言葉と聖霊によって導き励まして下さい。
 主の名によって祈ります。アーメン

2020年6月21日日曜日

2020.6.21 スタン・バイ・ミー Stand by me

  今日は父の日です。110年前のこと。再婚せずに6人兄弟を育ててくれた父親を偲んで27歳になった娘が牧師に記念礼拝を頼みました。「母の日があるように、愛してくれた父を記念したい」と。彼女の父は6月生まれでした。
 母の日も、父の日も、親を見送って改めて注がれた愛を思い出し、感謝がこみ上げてきて礼拝を献げようと思ったのではないでしょうか。
 それは母や父に宿った信仰が子どもに受け継がれ、楽しい思い出も苦しい思い出も親子で通った教会にあったという点で共通しています。
 残念なことに行事としては良く知られていますが、肝心の教会で親から子への信仰継承が少なくなっています。
 さて、今朝のメッセージの題名は、ある人にとっては懐かしい響きに、ある人には何だこりゃ、という印象を与えたと思います。
 実は、御言葉を黙想する中で突然思い浮かんできたソウルミュージックの曲名なのです。作詞作曲はベンジャミン・E・キングという黒人の歌手です。
 この曲は大ヒットし、ジョンレノンなど有名なミュージシャンがカバーしていますし、少年の成長過程を描いた映画の題名にもなりました。
 一見、恋人への愛の賛歌のような歌詞ですが、調べてみると、あるゴスペルグループのStand by me Fatherという歌詞に触発されてこの歌は生まれたのです。
 それは詩篇46篇で今朝交読したものです。マルチンルターはこれを信仰の拠り所としました。
「神が共にいてくださる。わたしを守る決して崩れない砦ようだ」という意味ですが、Stand by me これを訳せば「わたしのそばにいて下さい」ですが、主語を置き換えると「わたしの側に立ちなさい」と神が命じている意味になります。
 歌ではStand by meを何度もリフレインしていますが、わたしには聞く時の心境によってどちらの意味にも受け取れるのです。ベンジャミン・キングは音楽で財を築きましたが、少年たちを応援するStand by me foundationという財団を作って運営してきました。
 前置きが長くなりましたが、「人間は何に支えられて生きるか」というテーマをご一緒に考えたかったからなのです。
 創世記を読みます。主なる神は「アダムが独りでいるのは良いことではない。彼に差し向かう、ふさわしい助けを造ろう」と決断されました。
 彼を助けるふさわしい存在とは何、誰でしょうか。
 この頃は人間よりもペットに癒やされる、生き甲斐だという話を聞きます。20年も飼っていた犬が死んだとき家族を失ったように悲しみいとおしむ人もいます。ペットは愛情をもって飼えば素直に忠実に応えてくれるからなのでしょう。
 神ははじめに様々な動物をアダムの側に置きました。アダムはその一つ一つをじっくり観察して特性を理解し名前を付けました。名前を付けると言うことは、その対象に責任を持ち、同時に支配することを意味します。
 親や祖父母が生まれた赤ちゃんに名前を付けるとき、その子の誕生を喜び責任を負う気持ちを抱きます。「父と母を敬え」の意味が分かるように愛し、その愛に信頼して素直に従うように導き、そうして機が熟してきて、その子はいろいろな経験、考え方を知り、自分で判断できる能力を備え、責任を伴う自由を身につけます。その順番やタイミングはとても大切です。
 さて、動物たちはアダムに向き合い助けるものとして見つかったでしょうか。
 アダムに合う助けるものとは、対象として扱える物や動物ではなくて、心を通わせ、思いを交わし、時にはぶつかり合う霊的で人格的な存在でなければなりません。
 人間は相手を対象化し商品として、かつては奴隷として、今はその能力や見栄えを売ったり買ったりしています。これは人間性の損失です。
 アダムにふさわしい存在は深い眠りの中で、神によって形成され、目覚めたときに「出会い」ました。
 あばら骨の一部を抜き取り、その傷を肉でふさぎ、取り出したあばら骨で女を造り上げた。移植手術や臓器培養を思わせます。
 何千年も前の古代人にとって男と女の違いは何でしょう。体格、筋肉や脂肪のつきかたなど外見や機能の違いがあり、感じかたや行動様式、生殖や社会での役割などジェンダーの違いにきりがありません。当時の社会的な価値観や道徳が背景にある聖書は、男女や親子の関係で、差別的な表現がたくさんあります。
 さて、主なる神がイシャーをアダムの所に連れてきた、とあります。アダムが彼女を見つけたのではありません。「ついに、私の骨、肉といえるものだ」「これを女イシャーと呼ぼう。まさに男イシュからとられたものだから」とアダムは叫びました。切っても切れない「共同性」を「語呂合わせ」しています。
 こういう経過で男アダムは父母を離れて女イシャーと結ばれ、二人は一体となると表現されます。奇妙なことに最初の男と女なのに、父アブ母エイムが前提にあるし、アベルとカインの物語でも、町や社会が既にあります。しかし、その矛盾するような表現に、地上世界の本質とゆがみが見え隠れしています。
 次の言葉は意味深長です。人アダムと妻イシャーは二人とも裸だったが、恥ずかしがりはしなかった。エデンの園には最初喜びと信頼が溢れていましたが、2章の終わりになって、恥ずかしいという感覚が出てきます。これは3章で「食べてはいけない実」を食べた瞬間、抱いた否定的な感覚、感情です。喜びに満ちた二人のためのエデンの園に暗い影が忍び寄ってきます。
 今度は目を新約時代に移します。ペンテコステの日、ペトロは聖霊に満たされて熱い証しをしています。彼もユダヤ人です。巡礼で都に来ているユダヤ人と共通の土台であるダビデ王の話をして解き明かします。「ダビデ王を尊敬する皆さん。ダビデ王自身が預言していることを聞きなさい。神は独り子イエスにお命じになりました。私の右の座に着け。私がお前の敵を打ち倒し、お前は彼らを踏みつけるのだと。皆さんが殺したイエスを、神はあなた方の主人として、メシアである救い主とされたのです」と訴えました。
 これを聞いて人々は不安と恐怖に襲われ「とんでもない過ちを犯してしまった。私たちはどうすればいいのか」と助けを求める気持ちになっていきました。
 さて、私たちは神に造られ神に愛されていることは知っています。また、深い交わりとして夫婦があり、親子があり、教会の兄弟姉妹の関係があります。
 しかし、アダムとエバが陥ったように祝福に対して無頓着で神から離れるようなことがあります。親鳥が雛を翼の下にかくまうように集めてくれるのに逆らう私たちがいます。その時サタンは攻撃してきます。
 スタンバイミー、主よ、私たちの傍らにいて助けて下さい。
 スタンバイミー、神が呼びかけています。私の側に立ちなさい。
 インマヌエルの主は私たちと共にいらっしゃいます。聖霊の働きとして。
 祈ります。ペンテコステの守りの中で過ごしています。外にはコロナや困難な社会状況があります。内には信仰の弱さがあります。このような私たちですがあなたが共にいて下さるのを信じさせて下さい。今週どんな時も。イエスキリストの名によって アーメン

Stand by me Benjamin E King作詞作曲
 太字は詩篇46:2-3に触発された歌詞
When the night has come  And the land is dark
And the moon is the only light we'll see
No I won't be afraid, no I won't be afraid
決して恐れない
Just as long as you stand, stand by me
If  the  sky  that  we  look  upon  should  tumble  and  fall
たとえ見上げる空が崩れて落ちようと
Or  the  mountains  should  crumble  to  the  sea
山が砕けて海の中に去ろうとも・・私は恐れない


2020年6月14日日曜日

2020.6.14 いのちの木、欲望の木

 6月第2日曜日は教会では「花の日」「子どもの日」です。例年なら餅つきとミニバザーをして楽しみます。そして子どもを真ん中に礼拝し、祝福を祈り、神が共にいて下さる喜びと一人一人に特別な使命があることを学びあう一日です。昔は子どもたちを連れて消防署や交番や病院に出かけ、一年間守って下さったことに感謝して花束を贈りました。
 150年前のアメリカで「子どもの日」は生まれました。西部開拓ラッシュと産業革命の大きなうねりが社会の価値観を大きく変え、物質的な豊かさを求め、家庭の団らんが消えました。教会は切実な思いをもって祈り、子どもの人格を大切にするよう訴え、家庭教育を思い出すように働きかけました。
 さて、エデンの園やアダムとイヴの物語は、失楽園というストーリーで日本でも広く知られていますが、人間とは何かという本質的な内容はほとんど知られていないように思います。
 人間は土塊で造られた人形ですが、神はその鼻からいのちの息を吹き入れて霊を授け、神と交われる生きた存在アダムが生まれた話です。
 そうして造られたアダムを、神はエデンの園に「置かれました」。
 エデンとは「楽しみ」「喜び」「平らな場所」を意味するそうです。神の人間への深い思いが表れています。「自分の子には良いものを与えるではないか」と言われたイエスの言葉を思い出します。
 そこには多様で豊富な食べ物がありました。乾燥地帯の古代人にとって実のなる木、種のある植物が生えている園は理想的でした。
 神は園の真ん中に「命の木」と「善悪の知識の木」を置かれました。
多くの役に立つ木々の間に、園の真ん中に「いのちの木」と「善悪を知る木」を生えさせました。これには特別な意味があるはずです。
 エデンは水と地下資源が豊かにある場所です。メソポタミアやエジプトを流れる4つの大河の流域、つまり古代文明が生まれた地域と関係があるようですが。それらとははっきり区別されています。
 神はアダムが生きる園をお与えになりました。住まわせとは、置いたと同じ言葉です。神が整えたいちばん良い土地をアダムに貸し与えて下さったのです。アダムが探し求めて手に入れ、気に入って住み着いたのではない前提を見落としてはいけません。
 「人がそこを耕し、守るようにされた」とあります。耕すとは、食料を得るためのあらゆる労力を指すと思われます。麦を栽培するとき畑に種を蒔き肥料を与え、羊を飼うとき牧草地を世話することです。配慮し仕えると同じ言葉、守るとは誠実に世話する事です。
 アダムは何でも自由に取ることができましたが、園の真ん中にある「あの木の実」だけは、食べると必ず死ぬ、危険な実でした。そして神と素直な関係にあった間は、気に留めることも無かったはずです。
 エデンの園のようすは、人が生まれ育つ環境と人格教育の原点が描かれているように思えます。
 赤ちゃんには乳房を吸う本能が備わっています。やがて乳から固形物へ食べられるものが拡がります。そうして何でも口に入れるようになります。外の世界を口から得る情報で確かめています。だから危険な物は幼子の近くに置かないようにします。親は子に良い物を喜んで与えます。手塩にかけて育てるというように、命には塩が欠かせません。その塩加減を塩梅良くと言います。子どもは素直に受け入れて育っていきますが、自我が育ってくると、自分の好みを主張するようになり、あれが欲しい、これを食べたい、あそこへ行きたいと要求は拡がっていきます。この時、親はどうするでしょうか。欲しいと言うままに与えるでしょうか。親の価値観が表れるときです。
 何を与え、何を与えないか。何をすぐに与え、何を待つように命じるでしょうか。その基準はどこにあるのでしょうか。
「決して食べてはいけないもの」とは、命と人生に関わるものです。
 アファンの森をご存じでしょうか。ニコルさんの名で知られた童顔の大男が、長野県と新潟県の県境にある黒姫高原の荒れ果てた土地に入って住み込み、地元の人と一緒に森の再生に取り組んで35年たちました。ウェールズ生まれで世界各地を冒険し、日本の自然に魅了され、ついに日本に帰化し、今年の4月に80歳で亡くなりました。
 アファンとは、ケルト語で「風の通る所」という意味だそうです。
 ニコルさんは複雑な家庭に生まれ、小学校では陰湿ないじめにあい、学校嫌いになりましたが、祖父の影響で生物、宗教、歴史、音楽を習い始め、狩猟を習い覚えました。中学である生物学の先生に出会ったことが彼の人生の方向を決めました。22歳までカナダ、アフリカなど世界各地を歩き回り、空手を習うために来日し、日本人と結婚し、ライフワークとして「アファンの森」に行き着いたのです。
 ニコルさんが来日した頃、国有林は荒れ放題になっていました。外国産の安い材木が大量に輸入され、国内の林業を追い詰め、林野庁は赤字を膨らませていきました。赤字を埋め合わせるために戦後の苦しいときにも手を付けなかった原生林の楢やブナの大木が大量に伐採されました。森は昔から生活と結びついて人間の手入れ、世話が必要ですが、欲しい木だけを奪い取り放置された山は保水力を失っていきます。
 美しくて豊かな恵みをもたらした森が人間の欲望と無責任のために荒れ放題になって行った頃、外国人のニコルさんが黒姫に入ってきて、森の世話を始めたのです。けれども彼だけでは今のようなアファンンの森は生まれませんでした。森の特性を知る人が必要でした。たった二人の入植者によって、森は再生し始めています。
 生活の真ん中に「いのちの木」と「善悪を知る木」が生えているような気がします。神が備えて下さったいのちの木は、人と人とが結びつくときに、相手の存在と人格を生かし、それによって自分も生きていくことが出来るようになる実をつけています。一方、善悪と知る実は他者より優位に立つ知識や力への憧れです。その実を食べた人間は、やがて他者を利用できるかできないかで判断し、支配して尊厳を奪い、いのちの絆を感じなくさせます。だから食べてはいけないのです。
 使徒言行録を読みます。「私はいつも主を目の前に見ていた。主が私の右におられるので、私は決して動揺しない。だから私の心は楽しみ、舌は喜びたたえる。体も希望のうちに生きるであろう。あなたは、私の魂を陰府に捨て置かず、あなたの聖なる者を朽ち果てるままにしておかれない。あなたは、命に至る道を私に示し、御前にいる私を喜びで満たして下さる」
 ダビデは、いつか神の子が人間の世界を訪れ、荒廃した世界を再生して下さることを神から示されたので、このように預言したのです。

 祈ります。
主よ、あなたはペンテコステによって私たちがつながることが出来る教会を作って下さり、聖霊の清さによって喜びと希望を知る生きた人間にして下さいました。あなたはイエスキリストを私たちの間に送って下さり、いのちの道を開いて下さいました。「わたしは道であり、真理であり、いのちである」と主は宣言されました。私たちが信じてその道を踏み歩くとき、キリストを踏みつけていることを知ります。十字架が罪の赦しであることを確かに感じます。どうぞ今週も、私たちの生活の中にいのちの木、道、真理を示して下さい。どうぞ、ここにいる子どもたちを生きた人間として育てて下さい
 主の名によって祈ります。アーメン

2020年6月7日日曜日

2020.6.7 いのちの息を吸う

 「息が詰まる生活」が2ヶ月近く続きました。先週から社会生活が少しづつ戻ってきましたが、感染を怖れる雰囲気や自粛警察と揶揄される感情的なしこりが人々の間に漂っています。どこにでも行けて何でもできた半年前が夢だったように、今は気持ちも不自由です。
 面白いことに、ペンテコステ前の弟子たちもユダヤ人の迫害を怖れて外出を控えていました。祭司長たちはイエスがいなくなれば弟子グループは簡単に消えてしまうだろうと見積もっていました。
 ところが聖霊が降り、弟子たちを覆うと、彼らは人が変わったように活動的になったのです。
 その日突然、訳の分からない言葉で語り出しました。ギリシャ人は外国人をバルバロイと呼んで蔑みましたが、相手の発音が「バルバルとかバロバロ」としか聞こえなかったからでしょうか。
 しかし、この不思議な言葉を聞いた巡礼者たちははっと気がつきました。これは俺たちの故郷の言葉ではないか。ペルシャ、アフリカ、アラビア、トルコの言葉もあるぞと大騒ぎです。しかし一部の人々は「あいつらは酔っているだけさ」とばかにして言いました。
 ペトロは集まって来た人々に大声で説明しました。他の11人も同じ思いです。
「皆さん、是非知って頂きたいことがある。今は朝9時だから私たちは酔ってなどいません。そうではなく、先祖の預言者ヨエルが言っていたことが、私たちに起こったのです。」と。
 ペトロは思わず立ち上がり、人を怖れず神の言葉を語りました。。
「今こそ、ヨエルが言っていた終わりの時です。神は約束された霊をすべての人に注がれています。その霊、つまり聖霊が今日、本当に降ったので、私たちは神のなさった素晴らしいことを皆さんの故郷の言葉で語ることが出来たのです。この言葉を信じる人は、誰であろうと救われます。」
 そして、街の誰もが知っているイエスの十字架の死を引き合いに、イエスは神に復活させられて神の右の座につかれたこと、イエスが約束された「高いところからの力」である聖霊が自分たちに注がれたので、あなたがたは自分の目で見、耳で聞いたのだと説明したのです。
 ところで、ヨエル書3章を読むと、その後と書いてあります。何の後かというと、神を怖れない勝手な振る舞いを続けている人間を懲らしめるために地上はイナゴの大群で荒らされて食べ物がなくなり、宇宙でも異変が起き、太陽も月も暗くなり、星も光を失い、甚だ恐ろしい神の怒りの日が来るというのです。
 しかし神は「今こそ、心から私に立ち返って断食し、泣き悲しめ。形ばかりで衣を裂くのではなく、本気になって心を引き裂け」と憐れみを込めて命じました。
 もし、心を裂くように自分に絶望し、必死になって神を見上げるならが、神は前より豊かな世界を創り出し、イスラエルのうちに命の神がいることを知るようになる、そして、その後に、すべての人に神の霊が注がれると約束されていたのです。
 ペトロは、ヨエル書の「その後」を「終わりの時に」と言い換えました。うっかり間違えたのではなく、今こそ、その後なのだ。これまでと全く違う世界がすぐそこまで来ているのだ。つまり完成の時が近いという意味で「終わりの時」と言ったのです。
 終わりの時があるのだから、始まりの時があります。
 イスラエルの先祖は多くの悲劇と悲しみの歴史を歩んできました。繁栄と滅びを繰り返し経験した人々は、人間とは何か、世界とは何か、根本的なことを何度も何度も考えました。けれどもいくら考えても答えは出ません。
 その時、神の声を聞きました。「私が世界を造ったのだ。私がお前を造ったのだ」と。真実、真理は外から訪れます。
 創世記は語ります。すべての源である神は思いを尽くして世界を造られました。その最終作品が人間です。ご自分のイメージに似せて造られ、世界のすべてを治めるようにと責任と尊厳を備えて造りました。
 しかし同時に、はかない存在なのです。土の塵とは、砂粒ではなく、生きものの死骸の集まりです。だから、人間も死んだら土に帰るのは天地創造の定めだと、イスラエルの人々は神の声を聞きました。
 画竜点睛(がりょうてんせい)を欠く、という東洋の言葉があります。
 昔、中国で絵の名人が寺の壁に竜の絵を描きました。最後に竜の瞳を書き入れたところ、竜は壁から抜け出して天に舞い上がっていったという故事です。画竜点睛を欠くとは、竜の瞳を書き入れなかったら未完成だということから、決定的な何かが足りないことのたとえです。
 創世記の人間とは何か、それは、土で造られた壊れやすい器に、神が息が吹き入れて「生きるもの、生きた魂」になったのです。
 この息は空気ではありません。息は同時に魂とか霊と同じ命の本質を指します。聖霊と言い換えてもいいと考えます。
 聖霊そのものは見えないしとらえがたいのですが「聖霊が働きかける」ことで変化が起こります。
 明らかに創世記を意識してパウロはこう言っています。「闇から光が輝き出でよ」と命じられた神は、私たちの心の内に輝いて、イエスキリストの御顔に輝く神の栄光を悟る光を与えて下さいました。このような宝を土の器に納めています。この並外れて偉大な神の力が神のものであって、私たちから出たものでないことが明らかになるために。
 私たちは四方から苦しめられても行き詰まらず、途方に暮れても失望せず、虐げられても見捨てられず、打ち倒されても滅ぼされない。私たちはいつもイエスの死を体にまとっています。イエスの命がこの体に表れるために、と。
 この息苦しい世界で、神の息、注がれた聖霊を胸一杯に吸い込んで、今週も、土の器として、神の息がかかった者として、父、子、聖霊の三位一体の神に生かされて生活しましょう。